露わになった恐ろしい断層の姿1
それは、1995年11月3日夕刻のこと。
大のオトナ数名が、
たんぼを大きく掘った穴に
不安定に突き刺さったアルミのハシゴを、
猛スピードでかけおります。
「!!!」
声にならない声、
いや、もしかしたら誰も声は出してないけど、
人々により突如変えられた空気が
自分の耳には悲鳴に聞こえたのかもしれません。
しかし、何が起きてるのかはサッパリわからず。
ですが、
多くの大人が異様な興奮状態に陥っていることは、
その場にいた人なら誰でも肌で感じられました。
翻って1週間ほど前。
先輩から
「割のいいバイトがあるけどやらない?」
と声をかけられました。
内容を聞けば、交通費・食費・宿代別で、
日給なんと1万円。
しかも、地球科学の勉強までできてしまうとのこと。
お金をもらって地球科学に没頭できるとあれば、
やらないはずがありません。
バイトの内容は
「地面を掘って出てきた地層のスケッチをすること」
でした。
地面を掘るのは、ユンボ(ショベルカー)です。
つまり、お絵かきさえすればいいということでした。
他に重要な要素は、と先輩に聞くと
「とくにないよ。まあ気楽に」。
それだけ聞いて、11月2日の朝、
友人とともに長野県はJR大糸線神城駅へ向かいました。
大きな地図で見る
長野県のその一体は、
本州を分断する糸魚川-静岡構造線というのが走っています。
簡単にいうと、断層群が存在している場所です。
長野県上伊那郡から下伊那郡の80km弱にわたる
伊那谷断層帯というのがあることが知られています。
この断層帯の現物調査のためのプロジェクトが進んでいました。
その人足として、末端の筆者たちにも声がかかったのです。
今回の調査は、断層帯のなかの1つの、
神城断層です。
行きの電車はワクワクでいっぱいでした。
ところが、瞬時に大きな不安へと変わりました。
長野県に入る頃には車窓には、
なにやら白くチラつくものが…
そう、雪です。
雪が降っていたのです。
まさか、そんな寒いとは想像もしていなかったので、
防寒着などもってきていません。
靴だけは、登山靴を履いてきましたが、
それでもなぜか不安は大きくなるばかりです。
神城駅に到着。
待っていたのは泥だらけのワゴン車でした。
不安がさらに増し、現場に到着すると…
なんたることでしょう。
現場は、収穫が終わった後のたんぼでした。
背後には、白い帽子を被った白馬岳とその峰々が、
悠々とその姿を見せていました。
ワゴン車から降りると、
ビチャァ…
いきなり泥沼です。
そして、筆者たちを運んでくれたおじさんの一言。
「さぁ、作業着に着替えな。」
こうなると、目が点です。
ジーンズとジャンパー、登山靴。
これで十分に仕事ができると思っていた筆者たち。
ところが、作業している人たちはみな、
防寒機能のついた作業着。
長靴に分厚いゴム手袋、そしてヘルメットという、
筆者たちとはまるで違う世界の重装備でした。
車中から増大した不安はこれでした。
「ど、どうしよう…」
ここまで来て、引き返すわけにはいきません。
困り果てた筆者たち。
さぁ、どうする!?
「露わになった恐ろしい断層の姿」→次回を読む→最終回を読む
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[…] 極寒・雪・泥のなかに、 普段着で放置された筆者たち。 ひとまず現場に近寄ると、 中まで泥だらけになった使い古しの巨大な長靴と ヘルメットだけはその場で借りられました。 しかし、あとは来たままの姿です。 恐らく気温はマイナス1、2℃だったでしょう。 1時間も放置されれば 凍死しそうな環境での作業となりました。 何も教えてくれなかった先輩を、 心の底から恨んだのは言うまでもありません。 豊富な山からの地下水と、 水を引き込みやすいたんぼに掘られた穴には、 じゃんじゃん水が流れてきます。 こういう調査ではこれが普通なのか、 穴の中に池のように貯まった水を 設置されたポンプが当たり前のように吐き出していました。 泥水のなか、必死にスケッチの作業をしました。 あまりの寒さに しゃべることも動くこともできなくなりました。 最後までなんとか動かしていた手も限界。 ※現場のアップ。この写真は雪の降った3日後の1995年11月5日。 こんな過酷な作業で1万円とは。 どう考えても値段に釣り合わない、 いや、お金を積まれてもやりたくないと思いました。 あまりの姿に見かねたほかの作業員が ときどき休憩を入れてくれました。 ホカロンを調達してきてくれましたが、 休憩の一瞬、手を暖めるにとどまります。 死ぬ思いでなんとか今日の作業終了。 死者同然の顔でヘルメットを脱ぐと、 最初に迎えに来てくれたおじさんが 「作業着、買いに行こう」 と、町まで車を出してくれました。 軍手と防水の作業着を調達することができました。 息も絶え絶え宿に戻ると、 筆者たちの労をねぎらって 快適に暖められた部屋で さる紳士な研究者が晩酌をしてくれました。 その日は、倒れ込むようにして爆睡。 次の日。 天は我を見捨てませんでした。 晴れです! 快晴です! 寒さは相変わらず厳しいものの、 太陽の光が少しは精気を与えてくれます。 逆ピラミッドのような形に綺麗に掘られた穴のなかで、 陽が落ちるまで黙々とスケッチの作業です。 その間ユンボは、穴を拡大するように 掘り進めていきます。 あと数時間で今日の作業が終わろうとしたとき、 「あ、これ! すみません! もっと山側を掘ってみてください!」 昨日晩酌してくれた紳士研究者が いつもと違った大きな声で、 ユンボ操縦の人に指示します。 ユンボの人は、これまた神業的な、 ヘタしたらミリ単位の正確さで堀を進めていきます。 すると… 「!!!」 紳士研究者を筆頭に、 その場にいた研究者がみな、 おもむろに穴にアルミのはしごを突き立て、 猛スピードでかけおります。 そうです。 出てきたのです、神城断層が!!! それも、ものすごい形相をした断層。 そこにいた敏腕研究者たちをも 「今までこんなの、見たことない!」 とうならせる、超ド級の断層です! その姿がコチラ! ※下の写真のほうが、ややアップに撮れてしまってます。 といっても、これがいったいどうなっているか、 よくわかりませんよね。 絵で解説しましょう。 といいたいところですが、 長くなったので、解説はまた次回。 初回を読む←「露わになった恐ろしい断層の姿」→最終回を読む […]
[…] お待たせしました。 前回お見せした写真の解説です。 まず、赤い部分に境目があります。 これが、以前おはなしした断層面ですね。 そしてAの部分は本来、平面上に広がる地層でした。 それが、こんなにグルンと曲がってます。 前にも話しましたが、 断層の分類でいうとこれは、逆断層です。 それも、断層面が水平に近い、逆断層です。 つまり、Bの部分が右下に力一杯動いたことで、 Aの部分が引きずり込まれて、 こんなにグルンと曲がってしまったんです。 想像を絶する地球のエネルギーです。 ものすごい力です。 なんだかイマイチ動きが分からん、 という人は、下敷きで試してみてください。 この絵のように、下敷きにゆっくり力をかけます。 すると、下敷きはどんどん曲がっていきますよね。 ゆっくり力をかけていくと、 そのうち、先ほどの写真のような形に 下敷きが曲がっていることに気づくでしょう。 筆者はこのときが初めての断層調査でした。 専門用語では、トレンチ調査といいます。 トレンチとは、英語で「堀」の意味です。 「初めてのトレンチ調査で こんなとんでもない断層に出会えるとは、 君はラッキーすぎる」 といわれました。 くどくどと、寒さと泥まみれの苦労を前述しましたが、 多くの人手で大変な苦労をしても 断層が見つかることは少ないそうです。 でも、調査は無駄ではありません。 より詳細な地質調査、 すなわち、どんな種類の地層か、 地層の向きはどんなもんかなどがわかるのです。 これらを総合すると、 大きな地質図ができたり、 断層の位置を推定したり、 などができるわけです。 このとき出てきた神城断層は今、 はぎとり標本(※)となって展示されています。 ※はぎとり標本:トレンチ調査で掘った穴の壁面を のりで固め、固まった部分を崩さないようにはぎとり、 状態を保ったまま運搬・展示できるようにしたもの。 さて、その展示の場所ですが… 当時は、工業技術院地質調査所の地質標本館にありました。 しかし、今はやりの事業仕分け的なものが 実は2000年にも行われており、 工業技術院地質調査所は、 (独)産業技術総合研究所地質調査総合センター になりました。 地質標本館は残ってますが、 どーも当時と雰囲気が違う… なので、神城断層のはぎとり標本が、 新しい地質標本館にも 変わらず展示されているかはわかりません。 どなたか、ご存じの方がいたら情報ください。 初回を読む←前回を読む←「露わになった恐ろしい断層の姿」 […]
[…] 前回まで全3部作でお届けした、 神城断層大発掘、じゃなくてトレンチ調査。 前掲したこちらの写真を今一度ご覧ください。 景色全体を見渡して、何か気づきませんか? ・ ・ ・ 田ん […]